日々記憶伍番地

ただの日記です。誤字脱字多いです。スンマヘン。

介護

ついに来た。

 

私の母親は数年前に統合失調症にかかり、そのまま痴呆も始まり要介護状態だった。しかし、兄が面倒を見てくれているため、ギリギリ「介護」とは無縁の生活を送れていた。それでも兄に負担が重くなり面倒見切れない、となったら家でみるしかない。

 

そして、今日、妻の父親が脳梗塞で倒れた。今はもう回復を待たなくても後遺症がわかるようで、左半身にマヒが残るそうだ。調べてみたら一番大変なケースなようだった。リハビリでどの程度回復するのかわからないが、もし寝たきりになるととんでもないお金と労力がかかるそうだ。

 

当面は病院にお世話になるが、その後はおそらく、自宅で義母が面倒をみる形になりそうだ。

 

リスクがどうのというが、生きていることがリスクな時代が来ている。

 

友達なんて生き死にの瀬戸際では役に立たない。最後のセーフティネットが友達なんてありえない。そう思っていたが、この間の台風でその考えは改めなければならないと涙した。

 

義父は友達が多いそうだ。悪い意味ではなく、本当に友達力をみたいと思う今日この頃である。

無事故という奇跡

さらにフミコ氏の本の話をしてしまうのである。

 

正直、ブログで似た感じの記事を見た気がするが、「死ぬまでハンドルにしがみつきたい」というのは今の良識の下にある本能をむき出しにした胸のすく言葉だった。

 

私も25年無事故である。私はペーパーの時期が20年近いので走行距離はすごく少ない。しかし、この何年かすごく車を運転するので、無事故、というのは奇跡的なことに思える。私が無事故なのは運が良かった。という側面がすごく大きい。

 

そのよく運転するようになった数年で思うのは、法定速度を守って無理な運転をしなければ、まあ、事故らないな、ということである。実は私が脱ペーパーだったころはスピードを出しがちだった。急発進急停車が多く、一緒に乗っていた妻に怒られたり運転が荒い!とたしなめられることが多かった。

 

何回目かの免許の更新。講師の話を聞いて、スピード出すリスクがでかすぎる。と心の底から思った。ノーリターンハイリスクである。その時から、私はスピードを出すことより、車をいかに正確に操縦するか、というところに楽しみを見出すことにした。カーブの曲がり方。車線変更時の白線にそって機械のように正確に右折レーンに流れ込む。ブレーキでいかに衝撃を少なくするか。そんなところに神経を張るうち、スピードを出すのが怖くなった。

 

おそらくフミオ氏もそんな、正確に運転することに喜びを感じるタイプに思える。実はこれは仕事の仕方にすごく通ずるものがあるなー、と思うのである。

 

法定速度を守って、無理な運転をせず、かつ事故ってしまう要因は「不注意」がもっとも大きい要因だと思う。あれー、ペットボトルの蓋が開かないなー、ドカン。なかなか、聞きたい曲が出てこないなー、ドカン。うーん、この交差点のさきは右だっけーナビどっちだー、ドカン。これは全部、私が事故りそうなシチュエーションだ。おそらく、事故らない人は「不注意」がすごく少ない。

 

そして、僕はよくサイドミラーを壁とか電柱にぶつけてしまう。フミフミはこすることさえないという。根本に慎重なのであろう。

 

そして、どうしようもない、もらい事故とか言われる、突っ込まれたとか、飛び出しとか。これは実は注意を払っているとかなり確率は下げられるんではと思う。それはそれは気のとおくなる作業だと思う。ん?と思ったら減速。見通しが悪ければ原則、確認。ともかくめんどくさい。めんどくさいことは人はスキップしがちである。

 

めんどくさくてもスキップしない。これは丁寧に仕事する、にすごく通じる。僕が丁寧に仕事をしようと試みたところ、ともかくめんどくさいことが多い。つまりは今までめんどくさいことを無意識と意識の間でスキップしてしまっていたのだ。何度かのリテイクでブラウザ検証をスキップしIE11だけ崩れるとか、二度の確認を怠ったために修正しきれてないとか。

 

車の運転に表れている丁寧で正確ということは日本のサラリーマンの働きかたにうってつけだ。会社でも20分早く仕事が終わる人よりも、20分遅いが正確無比な人のほうが重宝され、信頼も厚い。良くも悪くも我々サラリーマンの仕事で20分多くかかるなんて誤差だ。

 

それでも最後の「運」としか説明できないものに関しては私もよくわからない。星の元、とかいうけど、生まれ持った性質と技術と第六感的なものがあるのかもしれない。どう考えても避けきれない事故はこの世にある。

 

僕の結論は、事故りたくなければ車を運転しなければいい、ということだ。近くの距離はなるべく自転車で行くようにしている。

 

これを仕事にあてはめると、仕事でミスしたくなければ仕事しなければいいということになる。確かにワイは働かないで生きていけるなら一番いいと思っているので、私の性質をよく表しているのかもしれない。

スパリゾートハワイアンズに行ってきた。

映画「フラガール」のモデルになった場所、というのは知っていたので、悪い印象は持ってなかったが、すごくよかった。

 

ちょうどハワイアンズの歴史を振り返る写真展をやっていて、行きの車の中で、よくハワイのテーマパークつくろうってなったよね、という話の答えが書いてあった。

 

どうやら、行き場を失った炭鉱の人々の雇用創生のために「中村豊」という人が強引にハワイでいくでしょ、と始めたらしいのだ。やはり、昔の人もハワイって。。。と思っていたのだ。往々にして天才の考えは理解されない。それが55年続くとは。

 

私が行ったのは普通の土日であるが混んでいた。ファミリー層。もう、90%ファミリー層。テーマパークの雰囲気はなんとなくドン・キホーテを思わせるごちゃごちゃ感。突如ラーメン屋や飲み屋の赤ちょうちんが現れたり、お土産屋を通るとわさわさしたヤシの木があってどこに行けば何があるのかほとんど検討がつかない。導線がハチャメチャ。温泉なのかプールなのか、何を狙って作ったのかわからない何かが3階にわたってちょこちょこ置いてある建物。しかし、どこに行っても人がある程度いる。流れるプールは水槽があったり、洞窟があったり、滝があったり、楽しい。狭い。流れが妙に早い。大きなプールは人込み。突如ジャグジー。大小さまざまなウォータースライダー。どう行けばたどり着けるかわからない2階。ほぼ、遊び方は来た人にゆだねている気持ちさえする。

 

もう、マーケティングとかブランド戦略とか皆無と思うのだ。説明つかない何かだ。そうでないと55年も続かないと思う。

 


そして夜はフラダンスのショー。すごい。楽しい。だいぶ小さく見えるけど楽しい。子供はファイヤーのダンスに興奮し、ママはフラダンスをかわいいと興奮し、パパは露出度に興奮してればいい。ファミリー全部喜ばせる最高のショーだ。

 

唯一残念に思ったのは食事だろうか。もうちょっとお金を出せばいいものが食えたのかもしれない。福島の特産感0のビュッフェだった。夜はひどかった。しかし、ビュッフェにはチョコをコーティングできる塔や綿菓子を作る機械もおいてあり、子供は楽しそうであった。爆睡している子供も多かった。朝のビュッフェは夜のものより良かった。これは金額のコースによるのかもしれない。

 


私と奥さんは完全にフラガールのファンになった。二人ともまた行きたいと言っている。私は距離が遠くてエロスをあまり感じなかったので今度はすごい近くの予約席で肉感を感じながら見たいと切に思っている。


ハワイアンズに行くのはハワイ気分を味わいたいからではなく、ちょっと古い日本のテーマパークを冷やかしついでぐらいに行く期待値が正しい。そんな気分で行けば、何だこれと冷やかしつつも心から楽しめる場所だ。

「ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない。ただ、今の職場にずっと……と考えると胃に穴があきそうになる。 」を読んだ

フミコさんはインポテンツなんだろうか。どうにもイメージが結びつかない。でも現実はそんなものなのかもしれない。

 

ファン必読の書、というのがすごくあっている本。尻上がりに内容が良くなっていると感じた。ブログの調子になるというか。

 

昔、ゲームをするのに攻略本を読む派と読まない派、みたいな派閥があった。読むとゲームの面白さがなくなる、というのが読まない派の意見だ。時代は変わってインターネットに攻略サイトみたいなものができるようになった。攻略本は制作側の意図があって、最後のボスは自分の力で倒そうぜ!みたいなことがある今にすると牧歌的な時代だった。インターネットは残酷である。ストーリー型のゲームであればすべての選択支、敵味方のステータス、ありとあらゆる情報が公開されている。もはやサイトを見ながら作業するだけで最善の方法でクリアできる。

 

さらに時代は変わってソシャゲになった。ゲームのバランスが頻繁に変わるので攻略サイトの意味は薄くなったが、リセマラとかともかく一ミリでも有利に進めようとみんな血眼のようだ。

 

この本はそういうのをやめて、ゲームを楽しみましょうや。めんどくさいこともあるけど。という本、という感想を書こうと思っていたらあとがきにそういった本だよ、って書いてあった。無念だ。

 


僕はフミコフミオ氏はじめ、はてなでブログをやっている人たちに助けられた。

もともと日記を書く習慣があったので、エキサイトブログから、はてなブログに引っ越したのがはてなブログを見始めるきっかけだった。なんとなく技術系のブログが多く感じたので仲間入りしたかったのだ。

 

長女が生まれた時、仕事内容の難易度が上がり、もともとパニック障害の気があった私はコロリとウツになった。ともかく会社に行くのが嫌で行きの通勤電車に揺られるとき、俺は奴隷で売られていくのだ。。。という気持ちであった。もはやウツがさきか、仕事ができなくなったのが先かわからない。上司からメールが来るとズキューーーーンと心臓が痛かった。ほぼ注意のメールだったからだ。

 

それでも僕はマヒした脳みそで会社に行っていた。そんな時、あほみたいに読んでいたのがはてなブログだった。働き方、考え方、事件の考察、共感でき、感心できるものが多かったのだ。

 

そんな中でもフミオ氏のブログには感動と笑いもらいっぱなしだった。どうにもフミ氏は軽快に笑う気持ちのいい男に思えるし、奥さんも実はすげー美人なんじゃないか、というイメージしか湧かなかった。

ブログを読むうち、フミさんの「つまらない仕事だが、せめて丁寧にやろうと心掛けている」というような内容の文章がなんとなくひっかかり、心に止めておいた。

 

ドナドナに自分を重ねて嘆く日々だったが、上長のさらに上役のはなしを聞いて開き直れたり、上長が正しい判断で私に無理目なしごとを回さなくなったこともあり、自分は携わる仕事の勉強が追い付いてきて、徐々に得意分野を確立し、とりあえず邪魔にならないように仕事をこなせるようになった。相変わらずはてなブログはあほみたいに読んでいた。

 

そして、去年、長男が生まれた。

 

僕は長女が生まれた時より体重が10キロ増えた。今は日に焼けて短髪。Tシャツ半パンにサンダルで東京の街を歩く。明日会社でも家族でどこかに遊びに出かける。仕事帰りにジムに行く。そんなアグレッシブなおじさんになった。残念ながらウツは完治してなくて薬を飲んでいる。でもこれは生まれたときからの十字架に近いから仕方ない。

 

今、僕ははてなブログを読んでいない。

 

でもフミコフミオさんのブログは時々読んでいる。

 

 

仕事が暇になって思うこと

 ほどほどに仕事をクリアして思うことは残業がないと給料減るなー、ということ。地獄。減ってはないんだけど、思う。

 

副業。。。そんなことを思うが手段が思い浮かばない。

 

相変わらずオリラジあっちゃんの動画をみていて、この間、おすすめに出ていた大学の入学式でのスピーチの動画まで見てしまった。面白かった。

 

みっつのだいじなことは耳タコだが、本来大事なことなんだろう。

 

やりたいことを言うこと

周りの人に助けてもらうこと

あきらめないこと

 

あきらめないというのは無敵のカードだが、継続は力なり、不撓不屈などのことわざは共感してしまう。

 

この歳でそんなことを考えると、やりたいことってとくにねぇなあ、というさみしい結論が目の前に浮かぶ。

 

今の生活に満足しているのか。いやいや。と思うもやりたくないことはすらすら出てきてもやりたいことが出てこない。どこかで蓋をしてしまっているのかもしれない。こういう時考えることは現実にお金を稼ぐことができる方法で、マネタイズするは無理だろうという実際にやりたいことを一瞬ではじいている可能性がある。純粋に考えると、プールで泳ぎたい、フットサルしたい、漫画を描きたい、読みたい、映像作品を作ってみたい、筋トレしたい、このまま考えていくと、おいしいもの食べたいとかセックスしたいとか本能に近い部分になる。

 

茶店がやりたいかな。と思って妻に話すと失笑された。

 

それはさておき、これを書いていて前提にお金を稼ぐこと、と書いてあるのでお金を稼ぎたいのかな?という気もした。

 

どうすればお金を増やせる?そこは確かにずっと考えている命題かもしれない。

中田敦彦

最近youtubeをよく見てる。
最初はなかやまきんにくんをみて、EXITをみて、中田敦彦youtube大学を見た。

中田敦彦がものごっつおもしろい。

あっちゃんの説明がわかりやすい。最近のテクノロジーの話は自分の職種が近いこともあり、すごくためになった。AIと5Gとブロックチェーン

AIか5Gどっちか忘れたけどぽろっとあっちゃんが「悪いことしない方がいいと思うよ」と言っていた。その理由が、監視カメラがどこにもあるしその動画データからあっという間にAIがこの人だって特定してしまう。中国ではすでに人のスコアリングがはじまっていて、スコアリングによって保険料や敷金が変わるような世の中になってきている。その時にAIの顔認証で常にだれかがわかってスコアリングがされている世の中では悪いことをするとデジタルタトゥーのようにその情報が残って不利になる。という文脈だった。

 

これはどこまでほんとかわからないが、確かに、もう車のあおり運転をして人を殴れば全国に顔ばれする世の中だし、昔AVに出ていた男性教師が解雇された、みたいな話をツイッターで見たし。あっちゃんのいう「悪いことしない方がいいと思うよ」は台本にはない本音だと思うのだ。

 

忘れないようにしよう。

資本主義のバカ

しばらく書かなかったのは精神的にある程度満足してしまっている、育児で時間がないから。仕事を苦痛にならない程度にこなせるようになってきたのが大きい。ちなみに給料は前の記事から変わっていない。

 

なぜ仕事を苦痛にならない程度にこなせるようになってきたかというと、会社が気にするポイントがわかってきたのと、CSSjQueryがある程度のレベルまで理解が進んだということが大きい。

 

今更だが会社ではゼロ(に近い)エラー、事項共有という名の根回し、個人的にはどうでもいいじゃんということを顧客としっかり同意をとりエビデンスを残す、この3点に業務の30%を注ぎ込めばとりあえずはやってるな、という評価になるようだ。

 

それに加えて、CSSの理解度、世のサイトでやられているインタラクション的な動きは大概jQueryで組める。で最近大きいのがnode.jsでのwebフロントエンド開発は前々からちょっと勉強していたので、すんなり入れたのが大きかった。

 

そんなこんなでブログも放置していた。

 

しかし、一年くらい前に上長が変わり、会社のやり方も相まって、有給が取得しづらくなり、仕事がんばれ意識高い系のグループになってしまった。そして、同じグループでディレクターでやっていた人が辞め、ついに私にもディレクターっぽい仕事が回ってきた。具体的には工数、予算管理、予算建て。正直、苦手なうえにやりたくないところだ。

 

転職。。。そんな言葉も脳裏をよぎりまくる日々を送っている。