日々記憶伍番地

ただの日記です。誤字脱字多いです。スンマヘン。

資本主義のバカ

しばらく書かなかったのは精神的にある程度満足してしまっている、育児で時間がないから。仕事を苦痛にならない程度にこなせるようになってきたのが大きい。ちなみに給料は前の記事から変わっていない。

 

なぜ仕事を苦痛にならない程度にこなせるようになってきたかというと、会社が気にするポイントがわかってきたのと、CSSjQueryがある程度のレベルまで理解が進んだということが大きい。

 

今更だが会社ではゼロ(に近い)エラー、事項共有という名の根回し、個人的にはどうでもいいじゃんということを顧客としっかり同意をとりエビデンスを残す、この3点に業務の30%を注ぎ込めばとりあえずはやってるな、という評価になるようだ。

 

それに加えて、CSSの理解度、世のサイトでやられているインタラクション的な動きは大概jQueryで組める。で最近大きいのがnode.jsでのwebフロントエンド開発は前々からちょっと勉強していたので、すんなり入れたのが大きかった。

 

そんなこんなでブログも放置していた。

 

しかし、一年くらい前に上長が変わり、会社のやり方も相まって、有給が取得しづらくなり、仕事がんばれ意識高い系のグループになってしまった。そして、同じグループでディレクターでやっていた人が辞め、ついに私にもディレクターっぽい仕事が回ってきた。具体的には工数、予算管理、予算建て。正直、苦手なうえにやりたくないところだ。

 

転職。。。そんな言葉も脳裏をよぎりまくる日々を送っている。

仕事の愚痴が減った訳

最近、仕事の愚痴が減った。読み返すとそれで時間が無くなってしまうので読み返してないけど、たぶん、この世の終わりだ、みたいな勢いで愚痴を書いている。

 

以前ほどはてなブログを読み漁ってないし、愚痴も書いていない。第2子が生まれたとか、ゲームが楽しいとか、ツイッターの犬垢で満足しているとか考えられるが、一番大きな原因は仕事がある程度こなせるようになったからだ。

 

なぜ、今までこなせていなくて、今こなせるようになったか。

 

要因はこれも大きくふたつ。ひとつは、丁寧に仕事をするようになったこと。もうひとつは自分に合った仕事がふられるようになったこと。そして、そこそこ仕事をこなせるようになったがための弊害も今、感じている。ちなみに私は42歳のおっさんです。はい。

 

仕事を丁寧にするようになったきっかけは、フミコフミオ氏の若者に向けた転職サイトや就職サイトに書かれた文章だ。フミコさんのスタンスは仕事はクソつまんないけどやらなければ生きていけないので、やってこうぜというスタンスに感じていてすごく好感を持っている。その中の一文に「せめて丁寧にやろうと思っている」みたいな一文があって、そうかー、とそれで行動を変えたわけではないけど、なんとなく刺さった感があった。

 

そして、10歳くらい下のTさんの仕事っぷりをみつつ、一緒に仕事しつつ、あー、こういう風に進めるといいのかー、と思うところも多々あり、私の仕事の仕方は矯正されていった。

具体的には成果物の確認、作業の進め方の確認を怠らなくなり、エビテンスを内部でも細かく残すようになった。

 

今までは、「作業スピード > 作業の正確性」だったのが「作業スピード < 作業の正確性」に変わった。これは私の作業がリリースに近くなったこと、会社の規模が大きくなって、上司たちが、他の部署に展開する作成物にも目を光らせるようになっていたのに効果てきめんであった。0エラーが重宝されるこの国の文化では時間がかかっても質よりもスピードよりも、何より「ミスがない、突っ込みどころがない」仕事のほうが評価されるのだ。これは私の部署や立場の変化から得たグレートな開眼であった。

 

そして、自分に合った仕事がふられるようになったこと。私は基本的に人付き合いが苦手である。なので、客先に出るのはあまり好きではない。特に、上司や同僚が、議事録の質や発言に目を光らせている状況ではさらに緊張してしまう。

 

そして、この緊張や不安が結構なストレスになると、振り返ると思う。

 

会社の流れや部署的に上流工程を握るというコンセプトで私はなんとなく「ディレクターもできないといけませんよね。。。」と言っていたが、ある時期から「プログラムをやりたい」というようになり、上長もそれを理解してくれ、客先に出る仕事はなくなり、今はjavascriputとCSSをメインに作ることになった。CSSは簡単に見えるが、簡単なゆえに管理が大変という側面がある。それと同時に本格プログラマーはHTMLとCSSに疎い人が多いという不思議な今の状況もあり、私はなんとなく必要とされるポジションになりつつある。

 

そんなこんなで私は今、仕事にそこまで大きいストレスや不安を抱えなくなったのだ。

 

そして、不安がなくなると同時に勉強をあまりしなくなった。これはまずい。。。Tさんは朝早く出社して本をいつも読んでいる。Tさんはフミオ氏がいう、ホワイト企業で意識高く仕事が好きな反吐が出そうな人、に近い。それを倒す訳でも、ついていかなきゃいけないわけでもないけど、技術力は必要なのである。

 

それは、私が「プログラムをやりたい」と言ってしまったつけとか、責任とかである。

クロールのコツ

ジムのプールに行き始めて1年くらい経つ。クロール、平泳ぎ、バタフライはなんとなく25メートル以上泳げるようになった。

 

今日、初めてクロールのレッスンに出て、頭打ちだったクロールの突破口を教えてもらった。

 

  • 手を重ねるようにする練習。
  • 3かき目で息継ぎすると左右の息継ぎの練習になる。
  • 息は全部吐かず、半分くらい吐く。(息を吸うとき沈みやすくなるので)
  • 口で吸って、鼻から吐くまでに一回息を止める。
  • 手を前に出すときは肩も出すように意識する

 

これを意識するだけで進みやすくなった。

 

バタフライのレッスンの時にホームポジションで頭を腕の間に潜らせるイメージをつけるとよいと聞いて、これを意識しつつやるとさらに進みが良くなった。

 

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泳ぐのはいいぞ。

私の体験からのグラフィックデザイナーの出世魚感

グラフィックデザイナーは薄給であると思う。


それは需要と供給のバランスで、くそ技術が高くてもそんなに単価は上がらないと思う。なぜなら、デザインの技術が高い人が履いて捨てるほどいるから。イラストレーターと同じでうまい人がたくさんいる。

ではなぜ、安月給で悪環境でも働くか?

 

私が思うに独立という目標があるから。そうすれば自分で好きな仕事だけできるし、単価も自由に設定できる。デザイン事務所とかかっこいいじゃないですか。

 

お笑い芸人が安月給でがんばるのも当たるとでかいから。それに似ている。会社で人脈や技術を学び、独立してウハウハが目標。それだけ、会社員時代とフリーランスもしくは経営者の立場だと収入が大きく変わると思う。

そのため40過ぎで勤め先を失うとあまり受け入れ先がない。私が初めて入ったデザイン事務所でも40くらいの先輩が、もう転職とかなったらひとりでやらんにゃいけん歳じゃけーね。と言っていた。


ペーペーデザイナー > 中堅デザイナー > エースデザイナー > フリーデザイナー > 社長デザイナー

出世というとこんな感じかと思う。もちろん右に行くほど母数は少ないので、ほかの業種に転向する感じである。

 

そして、今、時代は大きく変わった。今は、紙のデザイナーでも、かなり広範囲の仕事ができないといけない時代になったそうだ。先進国ナメーリカではグラフィックデザイナーの守備範囲は紙面はもちろん、プロダクトやパッケージングまで含まれるそうだ。これはひとえにツールの進化でそれらの仕事の難易度が下がったことに起因すると思われる。

さらにインターネットの登場でもはや紙のデザイナー、webのデザイナーという切り分けはなくなってきたと思われる。そんな仕事のこだわり方していたらデザイナーは生き残れないのでは?と思う。今はUIデザイナーやUXデザイナーなど、本当に多岐にわたってきた。

現在、私はいわゆるSIerみたいな会社のデザイン部分を担うチームで働いているが、デザインの仕事は主に派遣社員の方と外部ベンダーが担っている。デザイナー単体で人を抱えるには単価が釣り合わないのだ。チームのほとんどがディレクションをしていて、私はディレクション失格の烙印を押されているので、コーダーとして働いている。一昔前はデザイナーの方がコーダーより高給取りだったが、CSSの誕生やCMSの隆盛でコーディングの専門知識というものが重宝されるようになってきている感がある。

今はきっとグラフィックデザイナーというと広義過ぎて通じない世界になっているのでは、と思う。

 

これはいつも思っている、職業の肩書の無意味化が進んでいるためだと思われる。プロフェッショナルとはケイスケホンダですね。というのはみんな馬鹿にしていたが、私はなんとなく支持しているのだ。私はもはや、プロフェッショナルという言葉自体が古い定義になってきていると思う。

今はデザイナーの方向性は出世魚のような凝り固まった階段ではなく、自分の適性に合わせて舵を切れる時代になったと感じている。

 

 

ダークウェブに期待しすぎていた

ダークウェブ。何かインターネットの状態を表すインフォグラフィックに表層はGoogleで検索できる範囲。その下に論文などの層。その下にダークウェブという巨大な層があり、いろいろな闇取引が行われているというものを見た。ダークウェブ....!というあこがれが爆誕した。

 

 

それはそれでほっといてなんか暇なときにぽろっとダークウェブにアクセスする方法をネットで手に入れた。それはFireFoxを改造したようなソフトをインストールし、アクセスするというお手軽さでダークウェブの世界に足を踏み入れた。どうやらtorという技術を使っているらしく、誰がアクセスしたとか調べるのはほぼ不可能だということだった。

 

小一時間くらい調べてダークウェブと呼ばれる世界を歩いただろうか。特に欲しいものは何もなかった。処方箋が必要な薬とか飛べる薬とかは打ってるっぽかったけど、そこは静かで平和な世界に思えた。

 

私はダークウェブに何を期待していたのだろうか。エロとかバイオレンス?と思ったがAVが丸々落ちているとかいうこともなかったし、AVそのものならtorrentの方が転がってそうだ。売春とか?と思ったが売春婦やら、それを買う層がtorなんて扱うwebリテラシーがあるとは思えなかった。

 

日本語があまりないらしくウェブリテラシーの観点も考えると、実際はあまり活用されていないのではないか、という疑念の方が大きくなった。

 

 

そして、そんな中テレビを見ていると最近はダークウェブの定義が学校の闇サイトとかそういうものを内包してるっぽいなと気づいた。

 

確かに今のwebだと、検索エンジンに引っ掛からくして長いURLをつければそこにアクセスするのはかなり困難である。実際、Googleのサービスでファイルをやり取りする際、ランダムなURLだけでベーシック認証とか何もないものがあって送る人に大丈夫これ?と言われたことがある気がする。感覚だが、大丈夫だ。なかなか納得いく説明ができないが。やり取りするのは確か写真とかだったしもしヌード写真でも送るなら気を付けたほうがいいかなくらいだ。一般の人がそんなほかの人がのどから手が出るくらいほしい情報を持っていることは少ない気がする。

 

つまり、検索エンジンに引っ掛からなくする一行を追加するだけで、そのHTMLは簡単にダークウェブになる。

 

巨大なSNSの底でやり取りされるもののほうがよっぽどダークウェブだ。

家族が増える

今の上司が苦手がいつまでも上に来ているのでとりあえず更新することにした。基本全員敵と見たほうがいいと思う。

 

前の大会は見なかったけど、今回は決勝も見る気なのでワールドカップのことでも書こうかと思ったが、もうさんざん語られているし、独自の視点も持てないのでやめた。

 

順調に行けば9月に家族が増える。この子供は本当に奥さんの執念が実った形でできた。この時代に2児の父になるのは恐ろしさしかない。ひとりでも正直ハードモードなのに。

 

子供ができると、すべてが思い通りにならないということを肝に銘じる必要がある。子供に振り回される。時にトイレに行くのも困難と話すことを聞くが、マジだ。子供がどんどん成長するのは楽しいことだが、同時に不安もある。私の場合、一番は経済的なこと。

 

ともかく、ひとりでいたほうが効率的だ。ひと世代前とは事情が違う。なんとなく、型にはまった人生を歩いている自分は非常に滑稽だと思うこともある。進んだ考えを持つ人から見たらあほに見えるのかなーとか。

 

まあ、隣の柴はいつまでも青いのだ。